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大阪地方裁判所 昭和25年(行)11号 判決

原告 森村正伸

被告 大阪府知事

主文

一、被告が、昭和二四年一二月二八日別紙物件表記載の土地につき、農地調整法第六条による許可申請を却下した処分を取り消す。

二、原告のその余の訴を却下する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、昭和二四年一二月二八日別紙物件表記載の土地につき、農地調整法第六条による許可申請を却下した処分を取り消す。被告は原告に対し、本判決送達後一週間以内に右土地に関し同法第六条による許可をせよ。もし右許可をしないときは、右期間満了をもつて許可をしたものとみなす。」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は、昭和二四年一一月二八日被告に対し、その所有の別紙物件表記載の土地につき、その農耕を廃止し耕作以外の目的に供するため、農地調整法第六条による許可申請をしたところ、被告は同年一二月二八日付で、右申請書に、「この件現耕作人離作に同意しない限り許可し難いので一応返戻する。」旨記載した附せんをつけ、昭和二五年一月六日所轄布忍村農地委員会を経由して、右申請書を原告に返戻した。右返戻行為は、原告の本件申請を却下した被告の行政処分であるというべきである。

しかし右却下処分は、違法であり、原告の本件土地に対する使用を故なく制限し、その所有権を侵犯毀損するものであるから、取り消さるべきものである。

すなわち、

(一)  本件土地は、農地調整法の運営上農地として取り扱われてもやむを得ない土地ではあるが、本来は宅地であり、また小作地ではない。本件土地はもと(イ)大阪府中河内郡布忍村大字更池七二番の一田一反三畝八歩、(ロ)同所七三番の一田七畝五歩内畦畔九歩、(ハ)同所六九番の三田一反四畝一二歩内畦畔一三歩、(ニ)同所六九番の四宅地一一四坪の四筆であつたが、(イ)の土地は、昭和六年一一月三〇日内四〇坪を分筆して村道とし、残地を地目変換して同所七二番の一宅地三六九坪となり、(ロ)及び(ハ)の土地は、昭和二一年五月二七日地目変換してそれぞれ同所七三番の一宅地二一五坪及び同所六九番の三宅地四三二坪となり、これら宅地三筆と、昭和六年以前から宅地であつた(ニ)の土地を、昭和二一年五月二七日合筆し、同所七二番地の一宅地、一、一三〇坪となつたもので、本件土地はその内南端の現況農作地域約三一〇坪の部分であるが、租税も宅地として賦課され、右地目変換に際し、原告は当時の小作人に離作料を支払つてその占有を回収し、医業を営むため必要な病舎等の建設用地に予定していた。ところがたまたま戦争のため、かつ食糧増産の要望に副うため、その抱え車夫である堤好太郎をして若干の農作を営ませたが、もとより本件土地を恒久農地に転化するためではなく、一時的土地利用、暫定的農耕供用にすぎない。そして堤は、業務の間家庭配給食糧の補足のため、原告の了解の下に農耕使用し、原告において入用のときはいつでも原告に返還する約束であつた。原告は、同人から、本件土地無償使用に対する謝礼として毎年末若干の米を受け取つていたがもとより小作料ではない。従つて、本件土地を小作農地、堤を小作人として、その明渡につき離作料の支払を要するもののように推断し、本件申請を拒否するのは違法である。

(二)  原告は医業を本業とし、一筆の小作地をも有しないのであつて農地としての買収を免れるため本件申請をしたものではない。本件土地は原告の現住地の一部であつて、原告は外科医、その妻は内科医で、近く親族である医師を加え相当規模の病院を構成し、本件土地を地目どおり宅地本来の用途に供し、長年予定していた病院建設に充てようとするものである。病院は公共の厚生施設であり、本件土地を暫定的農耕地としておくよりも、これに病院を拡張することの方が国土経営の大則に副うゆえんであることは明白である。

従つて本件申請を許可しないのは違法である。現に、本件土地に隣接する農耕地(本件の同所七二番地の一宅地一、一三〇坪の内三九坪八勺の部分)につき、被告は布忍村新制中学校の校舎敷地として、昭和二三年五月その農耕廃止を許可している。

以上の理由により本件却下処分は取り消さるべきものである。そこで原告は、右取消と、被告がその許可処分をすることを求め、かつ、許可をしないときは許可があつたものとみなす旨の判決を求める。」と述べた。

被告は、本案前の答弁として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

「原告主張の事実中、原告のした農地調整法第六条による許可申請に対し、被告がその旨の附せんをつけて申請書を返戻したことは認める。右申請書には、本件土地の耕作者堤好太郎との間に農耕廃止につき妥結の見込が無い旨記載されていたが、農耕の廃止に関する耕作者との間の解決の有無は、右申請の許否につき重要な事項であるので、被告は、この点に関する処置をした上で改めて申請書を提出するよう注意を加え、事実上これを返戻したものにすぎず、該申請を却下したものでもないし、また申請事項の内容を調査検討して該申請を許可しない旨の決定をしたものでもない。従つて右返戻行為は行政処分ではなく、取消訴訟の対象とはならない。また被告に対し行政処分をすることを訴求し、あるいは行政処分をしたのと同様の効果を判決の直接の効力として訴求することは、現法制上許されない。従つて本訴はいずれも不適法である。」と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「かりに、右返戻行為が本件申請に対する不許可処分であるとしても、本件処分には何らの違法はない。被告が農地調整法第六条によつていわゆる用途変更の許可をするには、(1)用途変更することが、国民経済上農地として使用するよりも効率的であるかどうか、農業生産力の増減、農業経営の合理化に役立つかどうか。(2)農地の潰廃を極力廻避する趣旨で、用地として他に適地があるかどうか。(3)潰廃農地の面積が必要最小限度のものであるかどうか、(4)申請人が当該農地を申請目的に供することが確実であるかどうか、(5)当該農地の耕作者との間に農耕廃止に関する妥当な解決がされているかどうか。等の諸点につき検討しなければならないのであるが、原告の本件申請は右の諸点からみて許可すべき場合ではない。すなわち、

(一)  本件土地は農地であり小作地である。本件土地が農地調整法にいう農地であることは原告の自認するところである。そして、昭和九年中原告と堤との間に、これにつき小作料を一年につき米一石八斗とする小作契約が締結され、堤は、右契約に基き、同年以来現在まで引き続き水田としてこれを耕作し、昭和二一年まで、毎年末原告に右小作米を支払つており、小作料が金納制になつてからは、一石につき金七五円の割合で小作料を持参したが、原告はその受領を拒んでいる。その間、原告主張の占有の回収及び離作料支払の事実はない。

農地調整法は、数次の改正ごとに耕作者殊に専業農家の保護を厚くし、その地位の安定向上に務めてきた経過からみても、専業農家が耕作を離れる結果となるような事項については慎重に考慮しなければならないのに、本件離作についてはその妥当な解決がされていない。

(二)  被告が、原告主張のとおり本件土地の隣接地三九坪八勺の部分につき、学校用地として農耕廃止の許可をしたことは認めるが、そのために、本件土地につき許可をすべきことにはならない。原告は、相当規模による病による病院を構築しようとしているというが、具体的に、幾坪の増築に対して何坪の土地を必要とするのか、その事業計画の内容が全く不明であつて、申請目的実現の確実性は極めて乏しい。のみならず、現在原告が使用する診療所及び住家の東側に隣接する処には、原告の所有で、荒廃した宅地及び自作地(余り入念には耕作されていない)が相当坪数あり、本件土地よりも、病院の構築用としてはるかに有利とさえみられる。

このよな実情の下で、被告が本件申請を却下したのは相当であり、原告の本訴請求は理由がない。」と述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和二四年一一月二八日被告に対し、その所有の別紙物件表記載の土地につき、農耕を廃止し耕作以外の目的に供するため、農地調整法第六条による許可申請をしたのに対し、被告が同年一二月二八日付で、右申請書に、「この件現耕作人離作に同意しない限り許可し難いので一応返戻する。」旨記載した附せんをつけ、昭和二五年一月六日所轄農地委員会を経由して、右申請書を原告に返戻したことは当事者間に争いがない。

まず、原告は被告のした右返戻行為は本件申請に対する却下処分というべきであると主張するに対し、被告は、申請書を事実上返戻したものにすぎないから行政処分ではなく、取消訴訟の対象とはならない旨抗争するのであるが、右申請書に添付された返戻附せんの記載内容は、明らかに、被告が本件申請に対する許否の決定を拒否する意思を表明した被告の意思表示であるから、これを単なる事実上の返戻であるということはできないし、原告はこれによつて本件申請に対する許否の決定を拒否されたものというべきである。そして農地調整法第六条による許可申請者は、行政庁に対し少なくとも、当該申請を法に定める正当な手続によつて判断されることを請求する行政手続上の権利を有することは明らかであるから、行政庁が当該申請に対し、その申請事項の内容につき調査検討することなく、許否の決定を拒否して当該申請書を返戻することは、申請者の右行政手続上の権利ないし法律上の地位に変動を及ぼす行為であるから、これを取消訴訟の対象となる申請却下処分といつてさしつかえない。従つてこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

ところで、本件申請却下処分の理由とするところは、本件土地の耕作者堤と原告との間で農耕廃止につき解決がされていないことにあることは、前記返戻附せんの記載内容からみて明らかである。農地調整法施行規則第一〇条第一項第二号は、農地調整法第六条、同法施行令第五条による許可申請書の必要的記載事項として、「申請者が当該農地を耕作以外の目的に供することに伴ない支払うべき給付の種類、内容及びその相手方」を記載すべきことと定め、離作補償についての措置を要求している。従つて、申請書にその措置についての記載のない場合に、その申請が書類の不備として却下されることはやむを得ない。しかし、成立に争いのない甲第一号証の二によれば、本件の申請書には、右の措置に関し、原告は堤に対し離作料として本件土地に対する一ケ年の賃貸料の五倍の金額を支払う旨が記載され、かつ、原告と堤との間には本件土地の明渡をめぐつて訴訟が係属しているため、その農耕廃止につき円満な解決を期待する見込はないが、被告において適正妥当な離作補償金額を指示するなら、その支払をする用意があるからこれを条件に申請を許可されたい、旨の記載があることが認められる。従つて本件申請書には、右必要的記載事項についての一応の記載があるということができる。そして、離作補償についての措置が妥当であるかどうかは、当該耕作関係の内容、農耕廃止により生ずる耕作者の経済上の地位の変動、農耕廃止の必要性、その他事案の実質的内容につき調査検討して始めて決せられる事項であるから、単に農耕廃止につき耕作者との間に解決がされていないというそのことだけをもつて、当該申請を不適法なものということはできないし、また、成立に争いのない甲第一号証の一によれば、被告は本件申請書に耕作人の離作同意書を添付することを要求しているが、これを添付することは右申請の要件ではないから、その添付がないからといつて申請を不適法ということはできない。農地調整法第六条第三項は、同条「第一項の許可には条件を付することを得」る旨を定めるが、それは、被告が、右のような農耕廃止についての妥当な解決、措置のされることを条件として、申請を許可することができる趣旨を含むものであることはもちろんであるし、また、被告が申請事項の内容を調査検討の結果、それを不相当と認めるときは、申請に対し不許可の処分をすべきものであり、いずれにしても、右妥当な措置のされていないことは、申請事項の当否の問題であつて、その申請自体の適否の問題ではない。そして、ほかに本件申請を不適法として却下すべき事由の存在につき、被告は主張も立証もしないから、被告が本件申請を却下したのは違法であり、被告は本件申請につき、進んでその申請事項の当否につき調査検討し、これによつて許可あるいは不許可の処分をしなければならない。

なお、農地調整法、同法施行令、同法施行規則はいずれも昭和二七年一〇月二一日廃止され、同日新たに農地法、同法施行令、同法施行規則が施行されたのであるが、農地法施行法第一三条によれば、農地法施行前に農地調整法またはこれに基く命令の規定によつてした処分、手続その他の行為は、農地法またはこれに基く命令中にこれに相当する規定があるときは、これらの規定によつてしたものとみなされることになつている。従つて、農地調整法第六条、同法施行令第五条、同法施行規則第一〇条の規定に基く原告の本件許可申請及びこれに対する被告の本件申請却下処分はいずれも、右各規定に相当する農地法第四条、同法施行規則第四条の規定によつてされたものとみなされることになる。しかも、これらの規定のもとにおいても、原告の本件許可申請が適法であり、これを却下した被告の処分が違法であることは、すでに述べたのと同じである。従つて、被告は農地法第四条、同法施行規則第四条の規定に従つて、原告の本件申請事項の当否につき検討しそれによつて許可あるいは不許可の処分をすべきこととなる。

ところで申請却下処分に対する取消訴訟においては、当該却下処分の適否のみが訴の対象である。当該申請事項の当否につき被告はまだ何らの判断、処分をしていないのであるから、この点についてはまず行政庁たる被告の判断、処分をまつべきであり、裁判所がその当否につき実体的な判断を加える段階には至つていない。従つてて、本件申請事項の当否の判断に立ち入ることなく、被告の本件申請却下処分を違法として取り消すべきものである。

次に原告は、被告に対し許可処分をすべきことを求め、また被告が許可処分をしないときは許可したものとみなす、との判決を求めるのであるが、行政処分をすることは行政権の専権に属することがらであつて、裁判所が行政庁に対し行政処分をすることを命じたり、あるいは行政処分がされたのと同様の法律効果を形成することは、三権分立の制度上、司法権がその権限の限界を逸脱し、行政権の権限を不当に侵すことになるから許されない。

従つて、右のような給付判決及びこれと同様の効果をもつ形成判決を求める原告の訴はいずれも不適法として却下すべきものである。

以上の理由により、原告の本訴請求のうち、取消を求める部分は正当としてこれを認容し、その余の訴はいずれも不適法として却下し、民事訴訟法第九二条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 山田二郎)

(別紙省略)

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